ある日突然“加害者家族”になった話(3000文字チャレンジ)

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karmaです。今日は3000文字チャレンジに初挑戦してみようと思います。

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いつもと少し違う文体・違う印象になるかもしれませんが、いい機会なので文章での表現をしてみたいです。なので、させてください(笑)無学なので、拙かったらすみません。

それでは、エッセイ風味の記事をどうぞ。

ある日突然“加害者家族”になった話 

ウサギを飼っていた。

モモコという名の、毛並みの綺麗な白黒のウサギだ。
モモコは葉っぱが大好きで、中でも千切ってきたタンポポや雑草が大好物。口をモゴモゴさせながら貪り食べるのがたまらなく可愛いのだ。私は外へ行く度、必ずモモコへお土産を持って帰った。

「ただいまー!!」

不登校で引きこもりがちだった私にとっては、学校に行くこと自体が一大イベントである。その日は久しぶりに小学校へ行けて気分が良かったのだろう。いつも以上に大量のタンポポを手に、勢いよく玄関のドアを開けたのだった。

リビングで付きっぱなしのテレビに、いつも通りのゲーム画面。テーブルの上に置かれたノートには攻略本顔負けのダンジョンマップが書き込まれている。
画面に目を見遣ると戦闘途中のまま「たたかう」コマンドが点滅していて、無造作に置き放たれたコントローラーが寂しそうに主人である母の帰りを待っていた。おおかた、トイレにでも行っているのだろう。

実際、こんな狭い家では推理小説のように母の行方を推察をする間も無く、なんとなしに居場所は判明する。いつもそうだ。現実では事件なんて滅多に起こらないし、私が物語の主人公になるなんてこともない。

やっぱりすぐに見つかった母は、キッチンに置かれた椅子へ座り、ボーッとしていた。

そんな母に声をかけるような愚行には及ばない私は、聡明で空気の読める小学3年生。
「触らぬ神に祟りなし」という諺を本から学んだばかりで、母を怒らせるとどうなるかを誰よりも知っていた。ここは黙ってモモコにタンポポをあげるのがベストだ。

しかし母はモモコと私の前までやってきて、タンポポの綿毛を一瞬で吹き飛ばすかのごとく強烈なワードを口にしたのである。

「パパが人を轢いたって」 

事故の前夜に夫婦喧嘩をし、父が家を出て行ったそうだ。
車で出かけてひとしきりドライブをした後に仲間と合流、居酒屋へ流れてしこたま酒を飲んだらしい。そして事もあろうかそのまま運転して帰路についたのである。
案の定、酩酊と睡魔に勝てずに居眠り運転。赤信号で停止していたバイクを轢いてしまったという。
なんとバイクに衝突しても父の目は覚めず、フルフェイスのヘルメットをタイヤに絡めた状態で数百メートルも引き摺ったようだ。

コンクリートで擂り粉木にされた被害者は、10代の男の子だったという。

当時は今ほど飲酒運転への規制が厳しくなく、当たり前のように飲んで運転する人間も少なくなかった。この規制が厳しい現代でもそれなりにいるのだから、緩い時代の惨状は想像に容易いだろう。駐車場付きの居酒屋なんてものもあったし、店の確認だって義務付けられていなかったのだから。
それでいて、集まりの中でひとりでも飲まない人間がいると空気がシラけるような、実にくだらない同調圧力があったと聞いている。

そんな時代の悪しき風習に、父も甘んじたのだった。

警察から知らせを聞いた日の夜、私と母は被害者の入院している病院へ足を運んだ。
真っ暗な病院というだけで子供には異空間なのだが、私の目に飛び込んできたのは“コードだらけの大きなミイラ”。人の形をかろうじて保ってはいるものの、私の知っている人間のそれとは大きく違っている。なんとか命を繋いでいるというのが、子供の私でもわかる状態だった。
部屋にはお父さんらしき作業着の男性と妹らしき女の子がいて、傍らではお母さんらしき女性が泣いていた。やがてその女性が私達に気付いたようで、母は静かに挨拶と自己紹介を述べた。

するとその女性は、大きな声で叫んだのだった。

「なによ、子供まで連れてきて!」
「どの面下げて会いに来たんですか!!」

静まり返った病院の廊下に、お母さんの怒声が響き渡る。私の母は黙って頭を深く下げた。

実際のところ何も悪いことをしていない私は「申し訳ない」なんて実は微塵も思えなかったのだけど、一応、一緒になって頭を下げておいた。

「この度は本当に申し訳ありませんでした。うちの主人が大変なことを、取り返しのつかないことをしてしまい…」

確かそんなことを言っていたと思う。謝罪を述べる母の声は震えていて、次第に喋ることが出来ないほど涙が溢れて止まらなくなってしまった。しかし、今度は男性の声が冷酷に響くのだ。

「泣きたいのはこっちだよ」 

私はこの時の発言、いや、言葉そのものではなく声色やニュアンスに、少し苛立った。
被害者のことは本当に可哀想だと思っていたのだ。家族だって物凄く不憫だと思う。でも、そもそも母が男の子を包帯グルグル巻きのミイラにしたわけじゃないのに、なぜ私たちがこんなに怒られなくてはいけないのだろう。父がやったことなのだ、父が直接ここへ来て謝るべきなんじゃないか。

私はもちろんのこと、母が謝る必要なんて、どこにも無いんじゃないか。

まあ、結局どんなに色々考えたって、大人同士のいざこざに子供が介入する隙なんてないわけだ。当時の私は「子供は空気を読むのが仕事」だと思っていたし、ひたすら黙って待つしかなかったのである。

静まり返った病室に、心拍を管理するモニターの電子音だけが響く。服の擦れる音にすらハッとする。空気がピリピリとしていて、一秒でも早くここから出たいと思わされた。
しかし大人同士の世界では「居心地が悪いので、そろそろ失礼しますね!」というわけにもいかないらしく、牽制はまだまだ続く。

そんな沈黙を破るように、母が病院へ来る途中で買った見舞いの花束を「もし花瓶があればですが…」と差し出した。
すると、被害者の父は顔を真っ赤にしながら物凄い勢いで母の手から花束を奪ったのである。そしてありったけの怒りを込めて母の足元へと投げつけ、ハーッ、と深く息を吐いてから、汚れて灰色になったスニーカーで踏みつけたのだ。

母と一緒に道中で選んだ花束。そんな風にされて、とてもショックだった。汚れた靴で踏みつけられ、見るも無残な姿になってしまったのだから。
しかしすぐに、それが被害者と同じく「知らない人の知らない父親」によって擦り潰されたという点でリンクしているように感じて、被害者の両親がどんな気持ちなのか、少しだけ理解できたような気になった。

二つの家族が崩壊する様が、ぐちゃぐちゃになった花束と重なってみえたのだ。

そしてこの瞬間も作業着を着ているお父さんが仕事中に焦って病院へ駆けつけたことを想像したり、この汚い靴が被害者や家族のために毎日一生懸命働いた勲章だという事実に想いを馳せると、私は涙が止まらなくなってしまった。

それを見かねてか、被害者の妹らしき女子が私の手を取り部屋の外へと連れ出してくれた。薄暗く寂れた廊下、蛍光灯の頼りない光。そんなに大きな病院ではないはずだけど、廊下の先は真っ黒で見えない。

部屋から出てすぐの場所にある手術室の前に並んだベンチに座り、何やら大人達が難しい話をしているであろうことを推察しながら、私たち子供は押し黙る。
やがて沈黙に耐えきれなくなったのか、彼女から声をかけてくれた。

「…お互い、大変だね」

中学二年生だそうだ。被害者の父のように怒鳴ることもなく私を思いやってくれたその言葉に、この場所にいるどの大人よりも理性を感じたのだった。

私は小さく頷き、窓の外に目をやった。
眼下に見る寝静まった街と私との間に生じた大きな隔たりを、街灯や家の灯りひとつひとつにまざまざと見せつけられた気がした。おかげさまで、今でも夜景を見ると吐き気がする。

たった一人が起こす、たった一夜の過ち。しかしそれがこれだけ多くの人間を傷つけることになり、生き方に大きな変革をもたらしてしまう。
まさか自分が。自分に限って。バレなければ。そんな甘い考えが、被害者の命はもちろん、家族、そして私の人生までをもブチ壊したのだった。

 

家に帰ると、モモコは寝ていた。

せっかく外に出たのに、ひとつもタンポポを持って帰れなかった。 

 

あとがき

  • 被害者の方へご迷惑をおかけしてしまわぬよう、フェイクを混ぜています。実際の事件や登場人物と結びつかないようにしてありますので、ご理解いただけると幸いです。
  • 子どもをお見舞いへ連れて行く母への批判が想像できますが、これには様々な事情があったため、グッと飲み込んでいただけると助かります。
  • モモコ可愛いよモモコ。

自己紹介

現在はこのような経験を活かして、【 educart(エデュカート)】という児童福祉と芸術・アートを基軸にしたチームを組んでいて、保育園などへの出張音楽講座、障害児向けのアートセラピー、ママやパパが楽しめるイベント開催などを主に行っております。
芸術や表現活動を通して子どもたちに生きる楽しさ・自己表現の素晴らしさを伝えていきたいです。 

どうぞよろしくお願いいたします♪

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